2014-10-20
スターライトパレード
mixiでは書いていたがこのブログができてから書いてない話があったので、書く。
安田くんちで世にも奇妙な物語を見ながら書いている。世にも奇妙な話である。

18歳で自動二輪の免許合宿に行った。なぜバイクなのかというと、車の免許を持っていて誰かに足にされたら癪だとだと思い、天邪鬼的な考えで2輪を取ろうと決めた。8日という最短日数で自動車学校を卒業したものの、その後お金が無くて本試験を受験できなかった。半年くらいして友達と受けに行き、無事、2人とも合格した。その時既に19歳の春だった。
夏になって、「よし、バイクを買うぞ」と意気込んだ。SRX400というバイクが欲しかった。Googleで検索したところ、栃木に手頃なそれがあるらしかったので、バイトが休みの日に片道2時間半掛けて向かった。
駅から徒歩10分ほどで着いたバイク屋はあまり活気は無く、中に入ると女性の店員さんが迎えてくれた。バイクを見せてもらったらボロボロだったが、購入の際各々パーツの交換などあるとの事だったので、決めてしまった。ローンを組もうとしたが、まだ未成年だったので親の承諾が必要だった。なので一旦帰り、親の承諾を得てから購入する手筈になった。
帰り際、そのバイク屋の店長が出てきて「栃木駅まで送ってってあげようか?」と言ってくれたので「ラッキー」と思いながら軽トラに乗り込んだ。これが間違いだった。
栃木駅がどこかよくわからないものの、そう遠くない事はなんとなくわかっていた。なのに店長は高速に乗りやがって、俺の股間を弄りはじめた。

_人人人人人人人人人人人_
>俺の股間を弄りはじめた<
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高速に乗ってる間、ずっと俺のチンコを触ってきたのだ。
その頃既に非童貞ではあったものの、知らんおっさんに股間を触られるのは怖かったし、なにより気持ち悪かった。
話を聞いていると(向こうが一方的に話してきた)奥さんや子供もいるのだが「自分は宮本武蔵じゃないんですけどね、二刀流なんですよね~!ハッハッハ!」と言ってきた。バイのカミングアウトなのだろう。「知るか」と思った。
そのまま高速に乗る事1時間、ずっと股間を弄られていた自分はずっと冷や汗を流していた。「やめてくださいよwww」と言い続けてはいるが止める気配は無い。
俺のチンコを弄りながら「どんどん大きくなるよ~!」とか言っていた。中年のおっさんに触られて大きくなる筈がない。俺の腕を見て「日焼けがセクシーだね」と褒めてきた。全然嬉しくなかった。挙句俺の手を掴んでおっさんの股間に当てる始末だ。感じたくない感触を手に感じ、セクハラを受ける女の子ってこんな気分なのかな、とか思った。
車を止めると、その場所に駅は無かった。なぜかバイクを積む仕事をやらされた。また数十分移動して、次はSL機関車の見学をさせられた。それで終わりだったらしく、帰り際「うどんでも食べる?奢るよ」と言われたので、奢ってもらった。400円くらいだったと思う。
「会おうよ!」とか「パクってしていい?」とか言われながらメールアドレスを交換させられて、車から出るときに礼儀として「うどん、ご馳走様でした!」と言った。するとおっさんが「僕もチンコご馳走様でした!違うか!ハハッ!」と言ってきた。なんでかはわからないが死ねと思った。

また2時間半かけて家に帰り、バイクの購入手続きを取り消し、おれはおっさんのアドレスを消去した。10代最後の夏だった。

菊地椋介(ギター)

短身痩躯で赤い髪の優男で左頬にある大きな十字傷が特徴である。一見朗らかで少し間の抜けた人物だが、かつては長州派維新志士で、幕末最強とまで謳われた伝説の剣客「人斬り抜刀斎」その人である。修羅さながらに殺人剣を振るい数多くの佐幕派の要人を殺害してきたが、ある不幸な事件から明治維新後は一転して「不殺(ころさず)」を誓い、流浪人(るろうに)として全国を旅し、弱き人たちのために剣を振るっていた。神谷薫との出会いや、同じ激動の時代を生き抜いた宿敵たちとの戦いを通じて、贖罪の答えと新たな時代での生き方を模索していく。

生来争い事を好まない性格だが、戦国時代に端を発する古流剣術飛天御剣流(ひてんみつるぎりゅう)の使い手で、ひとたび戦いとなれば逆刃刀という、峰と刃が逆転した刀で人智を越えた剣技を繰り出し、軍の一個大隊(当時の陸軍一個大隊は約1000?2000人)をも遥かに超える戦闘能力を発揮する。